星
の囁き
パ
チ、と弾ける火花を、青年は感慨も無くただ見つめている。外は猛吹雪で身動きを取る事は出来ず、かと言って無闇に食事を取って貴重な食料を減らすわけにも
いかず。しかし、空腹に耐えなくては先へ進むための食料が足らなくなってしまうので、彼は何もせずにただじっとしていた。
「はじめぇ……。頭イタイ……」
青
年の隣で、ナップサックを枕にして横になっている少年が、鼻を啜りながら青年に苦痛を訴えてきた。少年の風体をしているが、彼の頭頂部付近には獣のような
耳が生え、火の傍には綺麗な毛並みをした尾が力無く垂れている。そんな彼の顔は赤く、しかし火の傍でも外気温が低すぎるために吐く息は白く染まっており、
名を呼ばれた青年は、少年を励ますようにその火照った頬を優しく撫でてやった。
「タウでも風邪引くんだね。急に倒れるから驚いたよ」
「かぜ……? この頭いたいの、かぜって言うのか……?」
布団代わりに、青年の着込んでいたロングコートを肩まで引き寄せな
がら、少年は鼻を啜りながら会話をしようとするが、青年の思った通り苦しそうに咳き込んだ。
「あんまり喋らない方がいい。昔なら寝てれば直った病気だけど、今
じゃ薬も何もないんだから、こじらせると死んじゃうかもしれない」
死、という言葉を耳にした瞬間、少年はその身体を一度跳ねさせてそ
の瞳に薄く涙を浮かばせると、青年の服の裾を力のこもる限りぎゅっと握った。
こ
こは氷結の世界。ビルも無く、家も無く、山も無い、在るのは氷雪と風の、白銀世界。文明が一日といわず一瞬で壊滅し、ニホンと呼ばれたこの国は今や一日を
生き延びるのが精一杯の世界へと変貌した。全てを葬り去った光は、世界で数億の人を消したとされるが、その後やってきた永遠の冬は、更に多くの生物を死滅
させていった。
今、この世界は冬の驚異に晒された、人が脆弱な生物であるというこ
とを思い知らされる世界であるのだ。
「大丈夫。ヒトなら死ぬかもしれないけど、タウはヒトじゃない。二
日三日寝てれば治るよ」
予想以上の怯え方をされ、青年は苦笑して少年の髪を梳き撫でると、
ふとその色違いの瞳を閉じる。
「眠れないなら、少し昔話でもしようか……」
そう呟き、彼は彼方に想いを寄せて緩々と童話を語るかのように口を
開いた。
「まだ、完全に世界が白銀に埋まりきっていない頃。今はもう見るこ
との無い地表がその姿を見せていた頃。タウよりも幼かった僕は、チサトと当ての無い旅を繰り返してた……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
眩しいほどの輝きを放つ雪花に目を細めながら、ふとオッドアイの子
供は歩みを止めた。
「……何かあったの? 創」
男の子の少し先を歩んでいた女性が、彼の様子に気づいて声をかける
と、彼は微笑みながら彼女の元まで駆け寄る。
「別になんでもないよっ。でも、止まったらお姉ちゃんも止まってく
れるでしょ? だから止まっただけ」
「いつの間にかはぐれでもしたら困るでしょう?
それに創にも追いつける速さで歩いてるつもりよ?」
深々と降り止まぬ雪の下で、チサトは溜息を吐くと、普段は白く染ま
るだけのその吐息に異変が起きた。
「い、息が……?!」
始めて見る現象に目を丸くしながら彼が声を上げると、その吐息まで
もが白く凍りつく。
「気温がまた下がったみたい……。でも、あたしも初めて見た
わ……」
「お星様みたいだねぇ……」
口元を凍らせないために厚手の布で覆いながら、彼女は自分の背負っ
ていたディパックを探り、少年にも布を当てるよう指示をする。
「ねぇ、なんか不思議な『音』がするよ……?」
創は布を巻きながらチサトに声をかけるが、チサトもその異変にはも
う気づいていたらしく、耳を欹てていた。息を潜めてサラサラと何処からとも
なく聞こえる『音』に注意を向け、創を自分と密着させる。
暫くした後、チサトは再び溜息を吐き緊張を次第に解いていった。
「……これ、あたしたちの息の音……みたい……」「いき?」
サラサラ、と耳の奥底まで輝きを示している音は外気に晒されて凍っ
た、自分たちの吐息。
そう、それはまるで――
「まるで、星達の囁きね……」
――星々の囁く謌。
二人はその輝く氷の欠片とその音に身を任せる。
言い得て妙。薄暗い光の中、呼吸する度に広がる霧氷が立てる音は神
秘そのもので。
唯々彼らは荒廃した大地で、もう見ること叶わぬ天空の星に想いを馳
せた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そこまで語り終え、創はタウの様子を伺う。苦しそうに息をしていた
タウは、今や心地良さそうに創のコートを握り眠っていた。その姿を見て創は微笑みを浮かべると、彼を起こさないように静かに立ち上がり、轟音を立てて吹雪
く外の様子を見に行く。
「……今じゃ、当たり前のコトなんだけどね……」
吐き出した言葉が凍り、目の前で輝きながら謌を紡ぐ。
サラ サラ サラ サラ
「……いつかきっと……、本当の星も見れる様になるよね」
半日は止まぬ猛吹雪を見ながら、創はそっと願いを目の前の小さな星
々に込めた。
「タウが、本当の星を見ることが出来ますように……」
――了――