冬の道

 

深々と降り積もる雪は、いつ消えるのか。誰も知らぬその疑問の答え を思いながら、青年はすぐに消えてしまう足跡を残しつつ東に歩を進めていた。

辺 りは白に包まれた瓦礫の山。明かりといえば分厚い雲の最奥より、すぐにでも無くなってしまいそうな太陽の光だけ。それも、雪原が反射して増幅している程度 のものだ。生物の気配も無く静まり返った白の世界に、青年は外套についたフードを深く被ったまま、何か捜し求めるように辺りを見回す。

「確か、この辺だったはず……」

珍しく風の無い日を向かえ、青年はただそれだけを呟いて歩み、周り に比べると原形を残していた廃墟の中へと入っていった。

 

コツコツ、と雪の無い路面を歩く度に足音が屋内に反響し、青年は建 物の中で首を巡らす。

と、それまで彼以外の気配が無かったのに、彼の横に大きな獣が姿を 現わした。

現れ方は刹那。決して小柄ではない青年の腰辺りにまで届く頭を数度 動かし、青年を見上げるように、その狼に酷似した獣は腰を下ろした。

「創(はじめ)?何探してるんだ?」

何やら眠そうな声が、傍から発せられる。青年よりも幾分か幼げな、 少年と呼ぶに相応しい声音が廃墟に響く。

否、傍から(、、、、)で はない。

「今日はココで寝るのか?それにしちゃ奥に来過ぎじゃないか?」

片耳だけを器用に動かして獣が口を開閉する度に、先ほどの少年声が 建物内に木霊していた。常人ならば卒倒か興奮するであろう、獣が話す様子に青年は特に大きな反応も見せず、ただ獣に向かって大きく溜息をついた。

「探し物だよ、タウ。っていうか、記憶が間違ってなければ、ココで 合ってるはずなんだ」

獣は青年の名を、青年は獣の名を互いに呼び合った。どうやら知友の 仲らしい。創の応えにまだ納得していないかのように首を傾げるが、再び歩き始めた青年の後をタウは黙って追う。

奥に進むと、何やら大きめの扉が前に現れた。大きめと言っても、別 段厳重に錠が掛けられている訳でもなく、ただ分厚い鉄板に少し装飾を施した程度の扉だ。しかし、創はその扉を見つけて安心したかの様にほっと息を吐くと、 その扉をゆっくりと開ける。

「タウ、危険は無いから入っておいで」

ろくな警戒もせず簡単に中に入っていった創を半眼でタウは見ていた が、自慢の嗅覚と聴覚に異変が無い事を感じると、少し不服そうに部屋の中へと入っていった。

「何があるっていうんだよ、こんなとこに……」

入った部屋は相当広かった。天井が高く、半球を描くように弧を描い たドームとなっている。暗闇に満ちた天井を見上げていると、不意にその空間が光に包まれた。

「うわっ?!

急激な光量の変化に、タウは見上げていた天井から目を離す。

普段からそれほど“明るい”という状況に慣れていない彼にとって、 突如として明るくなった部屋は異質なものだったのだ。

「あぁ、ゴメン。操作間違えちゃった」

再び部屋が暗くなり、タウは唸り声を上げそうになっていた喉を鎮 め、未だに機能を回復しない視界を取り戻そうと何度か瞬かせてみせる。

「創の仕業かよっ!何したんだよぅ……」

鼻先をフルフルッと振り、ようやく物を捉えられるようになった涙目 を声の方向に向けた。初めて受けた現象に思わず声も涙声になるが、それを気にする余裕もない。早く創の傍に行きたく、タウは室内を駆け足で移動する。

「ごめんってば。動かしてたのを見たことはあったけど、実際に触る のは初めてだから、と。コレかな?」

創が何やらキーを打ち込み終えたのを感じ、タウは先程の眩しさを受 けぬ様に急いで瞳を閉じた。先程と同様ならば、閉じていても分かるぐらいの光がまた灯るはずだ。

ガコッ、と上方で物が動くのが聞こえ、“キカイ”と思われる物の振 動音が部屋の中に静かに響いた。

「よし、成功だ。タウ、眩しくないから目を開けてごらん?」

ほっと安堵したような、それでいて当然と言う声音がタウの耳を打 ち、タウは恐る恐るその丸い瞳を開けてみる。

「うわぁ……」

確かに、眩しくは無い。しかし、上方で光が煌めいていた。小さな光 の集まりが、幾つも幾つも小さく縮こめられた空に広がっている。

 

その空間は昔、『プラネタリウム』と呼ばれていた建物だったのだ。

 

創がコンソールを操作する度に、室内の天空の景色が変わり、タウは その情景にただ目を奪われていた。

今にも天空を越えて飛び立ちそうな鷲の中で一際輝くアルタイル、美 しい十字の中を飛ぶ白鳥座のデネブ。その輝きが他の追随を許さない為に、『夏の夜の女王』の異名を持つ、ベガ。そして、それらの星を全て直線で結ぶと現れ るのは、夏の大三角。

「どう?綺麗じゃない?」

備え付けのレーザーポインタを使って、星屑の中から幾つもタウにそ う説明していた創は、ポインタの光を消し、人口の星明りの中で微笑んだ。隣に腰掛ける獣はただただその壮大さに口を閉じ、輝きをその目に焼き付けようとし ている。

と、タウの体が淡い光に包まれ、次の瞬間にはやんちゃそうな顔をし た少年がその場に立っていた。

「近くなるかと思ったんだけど、そうでもないや」

そう発したのは少年であり、それはタウであった。タウは、『(さい)(ろう)族』 と呼ばれる種族であり、普段は獣の姿をしているが、ヒトの姿にもなれる世界崩壊以降表れた、希少種なのだ。

残念そうなタウの言葉を聞いて、創は最後の仕掛けに乗り出した。手 元のコンソールを静かに叩き、場景を変える。

現れた宙は、星の集まりで出来た、巨大な道だった。

「これは、天の川って言うんだ。たくさんの星が集まって、一つの川 みたいだろう?」一拍、彼は置いた。「……昔の人は、こんな景色をたくさん持ってたんだ……」

「なんか……、死んだ人が通りそうな道みたいだね……」

闇に浮かぶ白い川。天の川には、様々な異称がある。天のナイル、銀 漢、魂の道、ミルキー・ウェイ。全て同じ天の川を指し、そして、その全てが死者の通り道という考えを持っている。

その事を知るわけが無いタウが、そう言ったのだ。

「分かると思うけど、今は雲に隠れちゃって、昼間なのか夜なのかも 分からない日がきたりもするよね。でも、あの分厚い雲の奥には、こんな景色が夜には広がってるんだよ、きっと今でも……」

少し翳りのある言い方をする創に、タウはその小さな身体を寄せた。

「ニンゲンって、やっぱり馬鹿だね。こんな綺麗なものを無くしてま で、何がしたかったのか、全然わかんないよ」

「……そうだね。でも、いつかきっとあの雲が晴れたとき……。“冬 の道”は見れるよ」

「冬の道?」

「天の川の別称だよ。星の集まりが白くなって、雪みたいだろ?だか ら、雪の降り積もった、幻想に満ちた道って事で名づけられたんだと思う」創は、柔らかく微笑う。「もっとも、今の僕達は十分に“冬の道”を体感してるけど ね」

「コレが普通だからねぇ」

飽き飽きとした物言いの少年の頭を撫で、創は再び上空を見上げる。

 

天の川。

冬の道。

 

 

いつ晴れるかも分からない分厚い雲の向こうに、満天の星空が広がっ ているのだろう。それを見る事が出来るのかどうかは、今を生きる者にはわからない。

「いつかきっと、見えるよ……」

それでも、人は生きる。懸命に生きようとする。創は、ゆっくりと瞳 を閉じ、心の中で呟いた。

 

 

 

――いつか、本当の宙が見れる日が来るように――

 

 

 

 

 

 End…



Siries  Novel

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